トコヤの日記

トコヤの日常と島原での日々

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命 日

今日で 父親が死んで 19回目の命日になる 19年前のことは 今でも はっきり覚えている(忘れきれない) あの日は 高校受験前の 日曜日で 朝10時ごろ起きたが なんか 様子がおかしい 父親の友達が 何人かいる 母親は 仕事をしていたが オイを見ると 涙ぐんで「父さんが 朝からおらんとよ~」と言った そう言われた時 オイは 頭に ある場所が すぐ浮かんだ 父親は 海が好きで よく行っていた すぐに その場所に向かった そこに着くと 父親の後輩の人がいた その人の顔を見た時 もうダメだったんだと解った そして茂みの中に入った 唖然とした 父親が 首を吊って死んでいた あまりのショックで 立ち尽くした 状況を理解するのに 時間がかかった 夢なのかとも思った ようやく 理解できた時 悲しみよりも 怒りの気持ちが強かった もう高校にも行かず 働かなければならないと 思った・・ それから 通夜 葬式と 瞬く間に終わった 親戚から 高校だけは行けと言われ 受験を受けた ほんとは こんなことは 書くべきか悩んだが 同級生が2人 自殺して 残念だったんで これ以上 回りの人が 自殺をしてもらいたくないため 書いた 死ぬ勇気があれば 何でもできると思う 親より先に死ぬのは 一番の 親不孝だと思う どんな人でも 死ぬと悲しむ人が 絶対いると思う 辛い事を 乗越えた先には 幸せがあると思う 辛いのは 自分だけだと 思わないで欲しい 頑張って 生きていこう! 
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  1. 2006/03/08(水) 22:20:44|
  2. ツヨシ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:7
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コメント

トコヤさんの気持ちは、みんなにも十分、伝わったと思うよ。頑張って生きないとね!
  1. URL |
  2. 2006/03/08(水) 22:38:29 |
  3. ばんこ #-
  4. [ 編集]

確かに

なかなか肉親の死の場面は、月日が流れても忘れきらんね。 オイもお袋が肝硬変で死ぬ場面が今でもはっきりと脳裏に焼く付いている。 長男が生まれる4ヶ月前で、間際まで孫の顔を見たがってた。 何とか生きながらえようとしても叶わない人もいる中で、自らの命を絶つ人もいる。 お袋が肝硬変で逝った直後、今度は自分が肝炎で入院したとき、先生からまともな人生は送れないと宣言された(短命ということ)。 死に対して真剣に向かい合って、少し踏ん切りもついた。 奇跡的に肝炎のウィルスはなくなって完治したが、実はすでにオイの肝臓は肝硬変の初期状況にある。 あとはいかに温存するかが課題だが、つい先日の健康診断で今度は慢性腎炎と診断された。このままで行くと確実に透析が必要になると・・・。 
誰だって、死んでしまいたくなるような悩み事を持ったことはあると思う。 自殺という現実逃避のことばかり考えて、残された人(守るべき人)のことが脳裏からきえてしまうのだろうか? 
言いたいことは、山ほどあるが重くなってしまうのでこれくらいに。 たまには、マジレスしてみました。 
ヨッタケも辛かろうけど早く父ちゃんの分までかぁちゃんに親孝行せにゃ。 死んでからじゃ、親孝行はできんぞ。   
  1. URL |
  2. 2006/03/09(木) 03:15:08 |
  3. いんみ #-
  4. [ 編集]

親になって、思うこと‥子供が元気で、いつも笑顔でいてくれること。それが何よりの親孝行です。
  1. URL |
  2. 2006/03/09(木) 07:33:12 |
  3. 母親 #-
  4. [ 編集]

うむ

トコヤと同じクラスであっただけに、その時のトコヤの様子は覚えている。
いつもと変わらないように振る舞っていたトコヤは、名前の通り強い奴だと改めて思った記憶がある。しかも高校も無事合格したしね。

みんなそうだと思うけど、今までにいろんな人と死に別れしてきたと思う。その時は辛く悲しいけど、時が経つと、悲しみもあるけど、命の大切さってのを感じるんじゃないかなあ。
両親を亡くす度に、兄弟と断絶せざるを得なかった自分の境遇を振り返ると、寂しさもある反面、新しい家族を作ればいいんだという気持ちもあって、今を過ごしている。
まあ、そんな感じ。考えまとまらず。すまん。


  1. URL |
  2. 2006/03/09(木) 12:00:50 |
  3. ジョリ #-
  4. [ 編集]

ありがとう!

ばんこさん⇒少しは オイの気持ちの 伝わったみたいで よかったばい イズミ⇒治ったとじゃ なかったんな? ワイは オイより 長生きせんばとぞ オイが 年とって 弱ったら 面倒みてくれるて 言うたろが! 母親さん⇒そうですね だから オイは いつも 笑ってます ジョリ⇒なかなか 死んだという 実感のわかんやったけんね 急やったけんね けど 父親が死んでから 泣き虫やった 弟が 全然 泣かんごとなった 母親は 父親変わりばせんばけんか 男らしくなった 父親が死んだのは 42歳 そのうち 年が 追いつき 追い越す 静かで酒好きだった 父親と 一回ぐらい 一緒に飲みたかった もう かなうこともないが・・  
  1. URL |
  2. 2006/03/09(木) 14:37:30 |
  3. トコヤ #-
  4. [ 編集]

人生いろいろ

私も10年前母親が突然亡くなった時には、この先どうしようかと思いました。
もうすでに東京で生きていこうと決めたときだったしね。
いやみもずいぶん言われたけど、夢をかなえるために東京に残ることを決めて、現在に至ります。
母親には親孝行らしいことは全然できなかったけど、父親には「元気に楽しく働く姿を見せること」が親孝行かなと思っています。
仕事や私生活でいやなことがあったりすると、消えてしまいたくなることもあるけど、トコヤさんの言うとおり、「死ぬ気でやればできないことはない」って自分に言い聞かせています。
きっとこれからも人生にはいろんなアクシデントが起こるだろうけど、負けずに立ち向かっていこうね!
  1. URL |
  2. 2006/03/12(日) 07:56:35 |
  3. おくみ #-
  4. [ 編集]

そうやったね~

おくみさんの お母さんも 早かったけんね~ おくみさんの じーちゃんが ガッカリしとらしたけんね じーちゃん お母さんのことば よ~働くて 誉めよらした これからも 自分で決めた道を 精一杯 頑張って下さい!
  1. URL |
  2. 2006/03/12(日) 16:23:45 |
  3. トコヤ #-
  4. [ 編集]

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